はじめます 大航海時代Online

ちゃんすをふやす

 おそらく対人戦において殆どの人が気にすることは、操作量なのではないでしょうか。実際に分析ツールなどを用いてみると、その操作量は目に見えて歴然です。しかし実際に気にしなくてはならないのは、データに残らない部分なのです。操作量で言えば、回避や二連弾防御の多さを見ると一目瞭然になっているはずです。

 まだ慣れないうちはこうした操作量を出来るだけ増やす事に血眼になる。実にそうした方法は適切だといえるでしょう。しかし。操作量が多いという事は、反面少なくとも無駄が多いという事にもつながります。「ああ!貫通を入れたままにしてればよかった」「ああ回避を入れてればフォローもいらなかったのに」と思う事はしばしばないでしょうか。無駄な回避スキルの挿入、切り替え時間のせいで、攻撃というチャンスを失うという事も大いにある。同時に、切り替えを無駄な場所で行ったせいで無用のピンチを作ってしまうという場合もあります。慣れるまでは、単純に操作量を増やす。しかしそれが身に付けば、今度はそれを削ぎ落とすことが重要になります。注目すべき対象が、切り替えが多すぎず少なすぎず中庸が守られているかに視点を移すべきときが来ます。

 また切り替えが多い少ないというのは初心者においては基礎基本の修得の是非にかかっているのですが、ベテランになれば艦隊として余りにも個人に負担をかけすぎていないかという指標にも成り得ます。無駄な操作が少ないにもかかわらず、切り替え量が多いならば、それを低減させる必要がある訳です。操作量が多い事は誇れる利点でもありますが、それが故のミスの条件でもあるわけです。精神を平らにして操作を充実する事は無意識的に身に付いた頃には可能でしょうが、人間は常に不完全である可謬(間違う)の存在である事を理解していれば、危機に対処する方法が見えてくるでしょう。どんなに上手い人がいたとしても、「誰かの負担が大きすぎないか」を考える事は勝利の布石になるのです。

 艦隊は個人技も重要な要素になり得るでしょう。しかしそれは点でしかないのです。実に重要なのは総合力で、これは流れ全体に言えます。総合力の可否が艦隊の勝敗に関わっている。総合力という面を大きくせんとするならば、点を減らす事です。個人の負担、個人の貢献を減じることが大切なのです。しかし実際にはレベルが同じような艦隊の場合、最終的な勝敗に関わっているのは、ある種の点であるともいえますけれども。面で戦うことが出来れば、弱点、例えば初心者から攻めるということが出来ず、または強い人のみを潰せば勝てるという隙を与える事にはならない訳です。

 全体の流れを作り出すには自分たちの艦隊の形と流れを組み立てる事、それと精神的な支えが必要です。何度も負けていると艦隊の口数も減り、どこか険悪な雰囲気になってしまう。しかしお互いの過失を責めずに、「自分が何とかする。」というような気持ちが大切なのです。例えばフォローがなくて沈んだ場合、それはフォローが必要になる状況を作った自分が悪いのであり、敗北した場合、自分が提督をフォローできなかった、もしくは先に相手提督を落とせなかったことが問題なのです。味方が沈んだ場合は、それをフォローできなかった自分に過失があるのであり、そうした状況を作ってしまった自分に責があると考えるべきではないでしょうか。こうした積み重ねが信頼感につながり艦隊の勢いを作り出す事にもなる。どこか気持ちの面で上手くいかない場合は、こうした事を意識してみると吉でしょう。
2015-06-14 ( 日 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

中庸

 大航海時代の対人戦で留意していた点、それは苦手意識を相手に植え付けることだ。相手が初心者ならばなおさら初見では手加減せずにとことん打ち負かす。そうすれば、以後も苦手意識から必然的に流れをつかみ続けることが出来る。相手がベテランならば、敢えてその人に拘り狙い続ける。フェイントなどありとあらゆる作為を用いて、相手に嫌がらせをする。例えば白兵粘着という手段も一興だろう。相手のちょっとしたネガティブ要素が今後の勝利につながるのである。

 フェイントとは撃たないフェイント、逃げると見せかけて逃げないフェイント、右に曲がると見せかけて左に曲がるフェイントなど様々あるが、非常に効果的であったのは、精密繊細な舵切りと大胆大雑把な舵切りの組み合わせであった。小さく小さく大きくのように深く切り込む旋回は実に効果的だ。相手の動揺を生み出すには多様な行動の組み合わせが効果的なのである。舵を切りすぎ、切らなすぎ、どちらも問題であるが、繊細でなお堅実な舵切りばかりというのも大胆で大雑把な舵切りばかりというのも面白味に欠ける。こうした行動は相手に先読みされてしまうのである。相手の読みを外すには、緩急が重要なのだ。

 緩急といえば、白兵戦一辺倒、砲撃一辺倒というのも頂けない。例えば、相手のアタッカーをつぶす場合。白兵戦一辺倒に見せかけて、機を見て砲撃に切り替えるというような緩急も動揺を招く。こうした動揺は、常に相手の精神を傷つけ、次第に苦手意識を刷り込むことになる。苦手意識が刷り込まれた相手は非常に脆い。近づくだけで動揺が走れば、それだけで必敗の呈を為す。つまり、これらは全て「中庸」を守る事でもある。

 自分で自分を援護するという考え方も重要だ。つまりインファイトを当初行い、機雷戦や白兵パスなどで消耗戦。徐々に中距離に位置を移して流れを意識する事である。この利点は大きい。相手は当初インファイトをしている者の攻撃力をほとんど無視し警戒も薄くなる。その間に味方に目を移すことだろう。しかし、次第にそのスタイルを変えていくという方法を用いる事で、後半戦有利に戦えるという訳である。相手からのプレッシャーも薄い中で攻撃に転じることが出来る。しかし、そんな中でも防御策を取られて、プレッシャーを掛けられたらどうするか。それは再びインファイトと防御主体の行動に移すのである。この考え方も、守りすぎず攻めすぎず中庸という訳である。このような臨機応変の戦い方さえ出来れば、相手の焦燥は想像に易い。焦燥こそ思い通りの行動が出来る絶好の機会なのである。この考え方は、まさしく速度の管理という意味でも緩急をつける事になる。

 自分で自分を援護する事で忘れてはならないのは、白兵戦のとき周りに機雷を撒いて置くことだ。そうすることで一人機雷コンボというのが可能となるのである。ところで、自分が行っていた重要なフェイントを記述したい。それは味方にぶつかったときの行動である。味方にぶつかった場合、操作しなければ丁度ピンポン玉のように跳ねるのは御存じであろう。ぶつかってからの砲撃により非常に効果的なクリティカルを取れる場合が多々ある。通常行えない旋回を高速で行う事で、相手方の予期しない行動と攻撃が行えるのである。この方法は劣勢に陥っている場合に途轍もなく有効な手段である。あえて味方でなくても、沈んでいる敵味方を利用する方法もある。跳ね返った瞬間の砲撃はすさまじくフェイントとして効果を発揮する。相手の驚いた表情を想像するだけで嬉々とする事だろう。
2015-06-13 ( 土 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

徒然草 百五十段 現代語訳

 DOLに、いや全般に通ずる兼好法師の教え。

 芸能を身につけようとする人は、よくできないうちには、なまじ、人に知られまい。内々で十分に習ってから、人前に出るようにしたら、他人からもずいぶん奥ゆかしく思われるだろうなどと、常に言うようだが、こうしたことを言う人は、一芸も習得することはできない。

 まだ全くの未熟なうちから、上手な人の中にまじって、貶されても笑われても意に介さないで、何を言われようが気強く平気で押し通して稽古に励む人なら、生まれつきの天分はなくても、その道にとどこおることなく、自分勝手にふるまわずに、年月を過ごせば、芸は熟練していても芸道に励まない人よりは、かえってしまいには、最後には名人と言われる地位に達し、人々に認められ、並ぶもののない名声を得るものである。

 天下に聞こえた名人でも、初めは未熟だと評判があったり、ひどい欠点もあった。けれども、その人が、その道の規則を正しく守り、これを重んじて気ままに振る舞うことがなければ、模範となり、万人の師となることは、どの道においても変わるはずはないのである。

2014-10-21 ( 火 )  雑感  コメント : 0  トップ

速度は乗るようになったが。。

 うーんうーん速度は乗るようになったけど、やっぱり問題は、、インアウトインアウト。その繰り返しの練習をしなくては~。
2014-09-21 ( 日 )  雑感  コメント : 0  トップ
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