はじめます 大航海時代Online

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上手くなるための精神論

 上手い下手の概念はそれぞれの価値観に拠りますが、すくなくとも上達には条件があると考えます。自分に甘く、仲間に厳しい。そんな状態で建設的なスキルアップが果たして望めるでしょうか。

自信をもっても傲慢になるな!

 実は私は、自分は「上手い」そう騙し騙し模擬戦に勤しんでいました。しかし同時に自分はなんて「下手くそなんだ」という思いもありました。私はこの二律背反の気持ちを常に持っていて、「ヤツには負けない」「いや負けていない」という負けず嫌いの部分が大いにあり、だからこそ自分が撃沈されたとき、仲間が沈められた時には猛烈に反省しました。自分はなんて雑魚なんだろうと。その思いが結果的に大航海の模擬戦にのめりこんでいく要素でもあったのだと思えます。

敗北が己のせいであると認めよ!

 私には信念がありました。それは敗北を「仲間のせいにしない。」いや、正確には「したくない。」という思いです。この姿勢は実は己から湧き出たものではなく、他人から学びました。そうした姿勢の持ち主であった「博」という人の存在が私にとってはゲーム内の指標となった訳です。実は私が飛躍的に伸びる要因となったのは、彼の動きを見ていて閃いたものでもあったのです。フェイクや操船の手法は私独自のものだという自負はありましたが、その要因となる基礎を学んだのは彼の動きを熱心に見ていたからです。今考えてみれば、彼のように「こいつは一人でもなんとかしてくれる」という信頼からくる心強さに感嘆し、また己もそのようになりたいという羨望があったのかもしれません。今だから言えますが私は尊敬すらしていました。

皆より信頼を勝ち得よ!

 「こいつはなんとかしてくれる」戦い方をするためには、一人であらゆることが出来なければなりません。それは攻撃であり守備であります。そういうことを突き詰めていくうちに、大航海時代においては私には攻撃においても守備においてもセンスがないという事に気づきました。アタッカーとしてディフェンダーとして、何もかもが中途半端であり、第一線で活躍するセンスある猛者と比して、どの分野においても鯖随一というほどにはなれなかったからです。ただし何もかもが一定のレベル以上に出来るという点において、私は高水準のプレイヤーだったと豪語できます。私はそうしたスキルを活かして、艦隊からMVPを、艦隊で大会優勝を、という目標をサポートできたと思います。

 今だから言える事、という懐古に浸りながらこのブログを綴れる事が、大航海時代の素晴らしさだったように思えます。この自分語りは恥さらしである事を自覚しながら、その旺盛な自己顕示欲によって書かされています。
2016-11-11 ( 金 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

強い固定艦隊を作るための方法

 対人戦をやっている以上「いつかは固定艦隊で大会に出てみたい。」そのような願望が思い浮かびます。ストイックに優勝を目指す。はたまた、知った仲で楽しむ。こうした様々な形の艦隊があります。この場面において、考え方や方向性の違いからギクシャクするということさえ往々にしてあります。

価値観の押し売りはするな

 自分の場合は別段ストイックさは無かったわけですが、とにかく大海戦においては「MVPを輩出したい。」大会では「優勝したい。」という思いが常にありました。更に困ったことに自己顕示欲もほどほどあり、虚栄心まであるという問題児でもあった訳です。しかしながら私は己の価値観を他人に押し付けようとなるべくしないようにしいていて、そこだけはまだマトモだったようです。

 この栄光は艦隊で掴むものですが、優勝するための艦隊を作りたいのか、メンバーと優勝したいのか、という点については必ず後者でした。だからこそFestina_Lenteではいくらかの大会で優勝できたのだと自負しているわけです。それはなぜか。それは長い時間を共に組み、歩めた事で信頼関係が出来たと思うからです。

上手い下手 そんなの関係ねぇ

 上手い下手に関係なく、どれだけ長い時間を一緒に過ごすかが重要で、それは結果的に強い艦隊になる条件でもあるからです。失敗や敗北というのは必ず要するもので、その課題に真摯に全員で向き合えるかが問題です。それを乗り越える関係があってこそ優勝という頂点に辿り着くのです。また一過性のものではなく、長期的に強い艦隊であり続けるためにはこの課題をいくつも乗り越えなければならないのです。自己顕示欲の塊である私にとって一度や二度の優勝で満足は出来ませんでした。この願望を支えてくれる仲間が私にとっては貴重でした。

敗北を恐れるな

 固定艦隊でやっている以上「いつか固定艦隊で。」そんな気持ちは大会を優勝することが目的化し、誰と優勝するかという問題について棚上げにされがちです。しかし、私はFestina_Lenteという艦隊で最初はボロクソコテンパンに負け続けていた事がとても誇らしげに思えます。いまではあの艦隊の事は遠く忘れられているのでしょうが、結果として私の方法論を実現し証明してくれた艦隊だったのです。

festinalente.png
2016-11-10 ( 木 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

ほうげきのしかた

 砲撃の方法はいくらかありますが、重要なのは全体を捉えて攻撃する事です。一番近くの敵ばかりを狙うのではなく、常にそれ以外の標的も視野に入れておく必要があります。曲げ撃ち、泊め撃ち、わざと撃たないというフェイクなどを用いて攻撃を展開しますが、その時の砲撃は自分の場合はクリックで行います。

 ヌケクリでの見てから撃ちの場合には、クリックとエンター同時押し。常にラグが考えられるという事を意識して行います。また今見ている世界が相手とは必ずしも同じではないという事にも留意しておくべきでしょう。これにも多少のラグが考えられるのです。曲げ撃ちや泊め撃ち等をする場合にもこのラグを意識して行うといいかもしれません。
2015-06-23 ( 火 )  雑感  コメント : 0  トップ

けいけんろん

 人は革新さや目新しさを求めます。しかし技術は日々の積み重ねによって成り立つものです。その日々の積み重ねから生まれるものこそが技術革新なのです。頭の中で考えたアイディアを現実に適応させるには時間を要します。こうした時間なしに何かを上手くなろうとする事は出来ません。つまり上手い、下手という概念は殆どの場合天性ではない。世にはこのような事柄を無かった事にしようと「センス」という言葉を掲げる人々もいるのですが、このセンスでさえも日々磨き上げられ、積み上げられてきたものでしかないのです。

 工夫をする事は重要です。人は失敗を基に成功に導ける「経験」や「常識」というものを持ち合わせています。常識というのは、他者の経験をも含んでいるのですが、それを応用する事や糧にして何かを生み出す行為は、歴史を断絶させる行為ではなく、保守している事に他ならないのです。ところで何故に学習したり練習したりするのでしょうか。それは何かを生みだす為だと自分は考えます。インプットとアウトプットは表裏一体の関係にあるものです。

 プラトンは言います。「全ての人間は懐妊状態にある」。出産には困難が必ず付きまといますが、その喜びは絶大なもの。そしてこの困難を通して人間は「不死へ向かう」のだと。その行為自体が尊ばれるべきものなのです。何かを生み出すには時間と労力が必要で、その行為は常に困難を付きまとうものであるという考え方です。何もしないでは上手くなる事は出来ません。

 練習は嫌いだけど上手くなりたいという人は必ずいます。仕事であれ趣味であれ日々の実践が無くしては上達する事が出来ません。理性主義に基づけば、頭で考えた理論だけで成功に導く事が出来ると考えがちですが、その考え方が一時的な流行にすぎない事は歴史をみれば分かります。人は経験から理論を積み上げて初めてその行為の永続性を勝ち得るのです。上手い下手という概念は即ち、初心者と熟練者の違い。費やした時間と労力の積和の違いに他ならないのです。これは仕事、趣味すべてにおいて言える事であると思っております。

 盆栽というのは、そのほとんどが時間的価値なのです。どれだけの時間を費やしてきたかがそのものの価値であり、盆栽がすぐに育つものであればその価値は少なくなる事でしょう。その上に造形的価値があるのであり、造形的価値さえも生育時間と経験時間に左右されている。
2015-06-22 ( 月 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ
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