はじめます 大航海時代Online 2014年05月

もくてきのきょうゆう

 考え方を共有するというのは、「こういう場合にはこう曲がる。」というようなものではありません。そうした細かいやり方を追求し徹底すれば、せっかくの艦隊色というものまで失ってしまいます。なぜならば、目的と手段を混同してしまう恐れがあるからです。

 目的というのは「流れを重視しよう。」であるとか、「こういう場合には人数をかけよう。」であるとか、そうした大雑把な事を言います。目的が明確である事は、艦隊としての行動規範が明確であると片づけても良いでしょう。目的が曖昧であるにも拘らず手段にだけに目が向けられる場合、艦隊行動すらおぼつかなくなるという場合があります。

 よくある事例でいうと、新人に対して、「そっちはだめ!なんでそっちにきったの!逆に切らないと!」と熱心に吹き込む人がいるのですが、それはかえって逆効果です。こういった教え方は、「じゃあ一体どうすればいいんだよう。」とかえって困惑させてしまいます。

 実際にあった事例でいうと、草刈の仕方を知らない子供が二人いました。ある子供にはじいさんがつき、ある子供にはばあさんがつきました。じいさんは子供に必要不可欠な情報しか教えません。鎌の持ち方と振り方。そして子供の前を実際に刈っていって見せるのです。逆にばあさんは、子供の後ろについて「ああではない。こうではない。」と自分の経験上必要ない動作を事細かく教えてしまう訳です。一見、事細かに方法を教えた子供のほうが刈れるのではないか。と考えてしまいがちですが、数日も経つとおじいさんが見ていた子供のほうが早く草刈が出来ていました。

 こうした事は艦隊でも起こり得ます。つまり、ばあさんは自分のやり方を押し付けたために、ばあさん以上の仕事は出来ず、やり方が分かっていない子供は、何が間違いなのかも分からないまま、言われる通りの仕事しかできなくなっていた訳です。そして挙句の果てには、子供に対して「分からない事を質問すらしない。」と言ってしまう。しかしながら子供は、自分が何が分かっていないかも分からないままになっていたわけです。

 これは教える側に問題がある典型的な例です。自分の経験論からくる定石などを「あれはだめ、これはだめ」と吹き込むのは逆効果で、むしろ背中で語り、必要な情報だけを提供すべきなのではないでしょうか。そして、その中で重要なのは目標や目的を示しておくことで、そのための手段は各自にゆだねるという事です。目的さえ分かれば、その為の方法は各自で考えて行動できるようになり、艦隊行動が可能になります。

 艦隊に必要なのは、考え方=目的であり、動かし方=手段ではありません。手段は各自が努力していくべき事項、もしくは協力して高め合う事項です。この手段と目的を混同しないように注意しなければなりません。
2014-05-21 ( 水 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

こていかんたい2

 固定艦隊を作る場合、上手い下手に関係なく一緒に長く続けられるかどうかを重視するほうがおすすめです。それは、どれだけ考え方や意識を共有し、信頼関係を構築できたかが艦隊の強さに繋がっているような気がするからです。とは言っても、そうした組み方をした場合、最初のうちはなかなか勝てない可能性があります。私の感覚ではむしろそのほうが多い。

 そしてこれが第一関門で、これを乗り越えられれば固定艦隊としての体裁を整えられるでしょう。やはり試練を共に乗り越えた仲間とは、強い信頼関係で結ばれるものですから。どんなに性格が合うと言っても、負け続ければどんな人でも悔しい思いをしてしまう。長きにわたって勝てないという事になれば、艦隊の雰囲気も落ち込んでしまいます。

 この関門を乗り越えるには、連携がいかに取れるようになるかにかかっているような気がします。その際の方法としては、全員提督特攻。提督が狙った相手を全員で砲撃する。など至極簡単な目標に向かって全員が一丸となって行動する事をおすすめします。人は自由であれば自由であるほど良いと思われがちですが、実はある程度の選択肢が提示されているほうが自由な選択が出来る。こうした単純な約束事をきっかけとして感覚、思考が共有できてくるようになると阿吽の呼吸が自ずと育まれていくという訳です。

 これはお互い考え方を共有する必要性にも当てはまります。お互いの思考や理念が分かっていれば、艦隊として自分がどう立ち振る舞えばよいかも分かってきます。こうした事がなおさら連携を深める事につながり、錬度を高めることが出来る訳です。所属する組織で、どういう理念や目標に向かっているかが分かれば、命令されずとも能動的に動くことが出来ますよね。私の中では、「自由に動く」というのは好き勝手にするという意味でもありますが、その裏返しとして、自分はどう行動すべきかを考えるという意味でもあると捉えています。そうでなければ固定艦隊である必要がないからです。

 艦隊には様々な形があると思いますが、勝てるようになるポイントが見つけられると一気に視界が開けてきます。それを探すというのも固定艦隊での楽しみの一つかもしれませんね。
2014-05-16 ( 金 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

きらいをきらわず

 模擬戦では「機雷は撒きすぎず。」と言われ続けている状況がありました。もちろん機雷という選択肢を常に保つ事は重要なことです。しかし私は敢えてそこから踏み出しました。それは白兵離脱後に撒けば良いとする効率論への挑戦だった訳です。

 流れでクリを取る艦隊形で重要なのは、耐久を如何に相手よりも削るかどうかにかかっています。また、それに応じて相手への圧力もまた変わってくる。そうすると砲撃以外で効率よく耐久を削れるのが機雷なんです。私の考えでは機雷は常に5個はフィールド上に存在していたほうが良い。なぜなら、撒いてないより撒いてあるほうが「得」だからですな。といいつつも全く無駄なところに置く必要はないですが、中間距離にも機雷を撒くことは、砲撃をしたがって外に出た敵への嫌がらせに非常に効果的です。

 また、機雷を撒くのはインファイトの時だけで良いというのも疑問です。むしろヌケクリを狙わんとしている場合、砲撃する人間が白兵の周囲に機雷を撒いて置くとめちゃめちゃ効果的。これを我々は「一人コンボ」なんて言ってましたな。味方の抜け直後に撒く機雷は、位置関係に大きく左右されてしまいます。そこで、味方の機雷が当たらないであろう白兵位置のときに使用するのが吉です。

 かといって撒きすぎて、それまでの効率論を蔑ろにして良いわけではない。なので結局は中庸を守る必然性がありますね。「撒かなすぎず、撒きすぎず」という姿勢が重要で、実際に我々がやっていた戦略の一つでもあります。
2014-05-13 ( 火 )  理論  コメント : 0  トップ

きせいがいねん

 大航海時代の艦隊戦の歴史は結構長い物になってきました。つまりはそれの歴史に基づく常識があるわけです。また幾多の仕様変更など時代の流れと共に変化してきた考え方が既成概念化しています。しかし、そうした常識に敢えて囚われないとする意識も必要だと思うのです。

 時代の変化と共に、流れよりもパスという具合にアウトからインの時代へ移ってきたように思います。何故かと考えれば、流れでのクリを重視している艦隊が、白兵パスに対して有効な手立てを打てなかった事があります。その為に現在は総インファイト時代だと言っても良い程、白兵パスや白兵によるフォローが前提となっているのです。

 歴史というのはとても面白い事で、総アウトファイト時代があったかと思えば、総インファイト時代がある。そうした中で、両方を経験してより高いレベルで対人戦が実現されています。これはとても幸運な事だと言っても良いでしょう。何故ならインファイト重視の戦い方の弱点や隙が見えるようになった事で、戦い方の幅が益々広がった訳です。どういう事かといえば、味方をヌケクリから守ったり、フォローしたりするには白兵戦をする必要があるという既成概念があります。旧態依然の「流れを重視する艦隊」は、白兵戦をしたがらない事によってヌケパスに対処できなかったと思われていました。

 しかしよくよく考えてみると、白兵戦以外にもフォローの仕方がある。つまり流れでフォローできるとも言える訳。「流れを重視する艦隊」は白兵戦をしたがらない強みを活かし切れていなかったために衰退したのではないかと考えるわけです。これを活かす為には速度を極限に重視しなければならなかった。ヌケクリを狙う相手は回避を抜き死に体寸前。ここを速度を活かして砲撃で脅かせば、プレッシャーに慄くという訳です。そして横砲撃によって耐久まで削れてしまう。回避を入れてしまえば、その強みは失われるという論法です。

 しかしコンボという技術が普及すると、回避を入れたままでも撃沈できるようになりました。こうした中では、以前のようなインファイター、アウトファイターのような一辺倒な考え方は通用しなくなります。既成概念では、インかアウトかという考え方に依っていましたが、寧ろその中庸こそ最善であるわけです。

 流れでプレッシャーを与えながら、コンボを防ぐために速度を活かして白兵をする。そこで砲撃で耐久を削りながら切り替えして白兵戦に入るというようにするべきで、すべての艦隊員が中間で時にその形や意識を変化させながら可変的に行動するべきです。もちろん機械的な行動は難しいために、それぞれの趣向に沿った形で艦隊が行動すべきな訳ですが、少なくとも私の行動規範は、人と違う行動や考え方を常に模索していた事もあり、より中庸な戦い方に変化していったように感じます。現在ではこうした戦い方のほうがより実践的で、どちらかのミスを待つという時代ではなく、高いレベルでミスを誘う時代になってきていたように思います。

 ところでフォローは白兵戦だという考え方が定着していた時、白兵戦でフォローに来るという事は、そこにチャンスが増えるという概念はそれまで無かったように思います。白兵戦はポジティブな要素にももネガティブな要素にも成りうる。そうした事を意識することは艦隊の戦い方を深める要因ともなりえます。
2014-05-11 ( 日 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ