はじめます 大航海時代Online はじめ語録

上手くなるための精神論

 上手い下手の概念はそれぞれの価値観に拠りますが、すくなくとも上達には条件があると考えます。自分に甘く、仲間に厳しい。そんな状態で建設的なスキルアップが果たして望めるでしょうか。

自信をもっても傲慢になるな!

 実は私は、自分は「上手い」そう騙し騙し模擬戦に勤しんでいました。しかし同時に自分はなんて「下手くそなんだ」という思いもありました。私はこの二律背反の気持ちを常に持っていて、「ヤツには負けない」「いや負けていない」という負けず嫌いの部分が大いにあり、だからこそ自分が撃沈されたとき、仲間が沈められた時には猛烈に反省しました。自分はなんて雑魚なんだろうと。その思いが結果的に大航海の模擬戦にのめりこんでいく要素でもあったのだと思えます。

敗北が己のせいであると認めよ!

 私には信念がありました。それは敗北を「仲間のせいにしない。」いや、正確には「したくない。」という思いです。この姿勢は実は己から湧き出たものではなく、他人から学びました。そうした姿勢の持ち主であった「博」という人の存在が私にとってはゲーム内の指標となった訳です。実は私が飛躍的に伸びる要因となったのは、彼の動きを見ていて閃いたものでもあったのです。フェイクや操船の手法は私独自のものだという自負はありましたが、その要因となる基礎を学んだのは彼の動きを熱心に見ていたからです。今考えてみれば、彼のように「こいつは一人でもなんとかしてくれる」という信頼からくる心強さに感嘆し、また己もそのようになりたいという羨望があったのかもしれません。今だから言えますが私は尊敬すらしていました。

皆より信頼を勝ち得よ!

 「こいつはなんとかしてくれる」戦い方をするためには、一人であらゆることが出来なければなりません。それは攻撃であり守備であります。そういうことを突き詰めていくうちに、大航海時代においては私には攻撃においても守備においてもセンスがないという事に気づきました。アタッカーとしてディフェンダーとして、何もかもが中途半端であり、第一線で活躍するセンスある猛者と比して、どの分野においても鯖随一というほどにはなれなかったからです。ただし何もかもが一定のレベル以上に出来るという点において、私は高水準のプレイヤーだったと豪語できます。私はそうしたスキルを活かして、艦隊からMVPを、艦隊で大会優勝を、という目標をサポートできたと思います。

 今だから言える事、という懐古に浸りながらこのブログを綴れる事が、大航海時代の素晴らしさだったように思えます。この自分語りは恥さらしである事を自覚しながら、その旺盛な自己顕示欲によって書かされています。
2016-11-11 ( 金 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

強い固定艦隊を作るための方法

 対人戦をやっている以上「いつかは固定艦隊で大会に出てみたい。」そのような願望が思い浮かびます。ストイックに優勝を目指す。はたまた、知った仲で楽しむ。こうした様々な形の艦隊があります。この場面において、考え方や方向性の違いからギクシャクするということさえ往々にしてあります。

価値観の押し売りはするな

 自分の場合は別段ストイックさは無かったわけですが、とにかく大海戦においては「MVPを輩出したい。」大会では「優勝したい。」という思いが常にありました。更に困ったことに自己顕示欲もほどほどあり、虚栄心まであるという問題児でもあった訳です。しかしながら私は己の価値観を他人に押し付けようとなるべくしないようにしいていて、そこだけはまだマトモだったようです。

 この栄光は艦隊で掴むものですが、優勝するための艦隊を作りたいのか、メンバーと優勝したいのか、という点については必ず後者でした。だからこそFestina_Lenteではいくらかの大会で優勝できたのだと自負しているわけです。それはなぜか。それは長い時間を共に組み、歩めた事で信頼関係が出来たと思うからです。

上手い下手 そんなの関係ねぇ

 上手い下手に関係なく、どれだけ長い時間を一緒に過ごすかが重要で、それは結果的に強い艦隊になる条件でもあるからです。失敗や敗北というのは必ず要するもので、その課題に真摯に全員で向き合えるかが問題です。それを乗り越える関係があってこそ優勝という頂点に辿り着くのです。また一過性のものではなく、長期的に強い艦隊であり続けるためにはこの課題をいくつも乗り越えなければならないのです。自己顕示欲の塊である私にとって一度や二度の優勝で満足は出来ませんでした。この願望を支えてくれる仲間が私にとっては貴重でした。

敗北を恐れるな

 固定艦隊でやっている以上「いつか固定艦隊で。」そんな気持ちは大会を優勝することが目的化し、誰と優勝するかという問題について棚上げにされがちです。しかし、私はFestina_Lenteという艦隊で最初はボロクソコテンパンに負け続けていた事がとても誇らしげに思えます。いまではあの艦隊の事は遠く忘れられているのでしょうが、結果として私の方法論を実現し証明してくれた艦隊だったのです。

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2016-11-10 ( 木 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

けいけんろん

 人は革新さや目新しさを求めます。しかし技術は日々の積み重ねによって成り立つものです。その日々の積み重ねから生まれるものこそが技術革新なのです。頭の中で考えたアイディアを現実に適応させるには時間を要します。こうした時間なしに何かを上手くなろうとする事は出来ません。つまり上手い、下手という概念は殆どの場合天性ではない。世にはこのような事柄を無かった事にしようと「センス」という言葉を掲げる人々もいるのですが、このセンスでさえも日々磨き上げられ、積み上げられてきたものでしかないのです。

 工夫をする事は重要です。人は失敗を基に成功に導ける「経験」や「常識」というものを持ち合わせています。常識というのは、他者の経験をも含んでいるのですが、それを応用する事や糧にして何かを生み出す行為は、歴史を断絶させる行為ではなく、保守している事に他ならないのです。ところで何故に学習したり練習したりするのでしょうか。それは何かを生みだす為だと自分は考えます。インプットとアウトプットは表裏一体の関係にあるものです。

 プラトンは言います。「全ての人間は懐妊状態にある」。出産には困難が必ず付きまといますが、その喜びは絶大なもの。そしてこの困難を通して人間は「不死へ向かう」のだと。その行為自体が尊ばれるべきものなのです。何かを生み出すには時間と労力が必要で、その行為は常に困難を付きまとうものであるという考え方です。何もしないでは上手くなる事は出来ません。

 練習は嫌いだけど上手くなりたいという人は必ずいます。仕事であれ趣味であれ日々の実践が無くしては上達する事が出来ません。理性主義に基づけば、頭で考えた理論だけで成功に導く事が出来ると考えがちですが、その考え方が一時的な流行にすぎない事は歴史をみれば分かります。人は経験から理論を積み上げて初めてその行為の永続性を勝ち得るのです。上手い下手という概念は即ち、初心者と熟練者の違い。費やした時間と労力の積和の違いに他ならないのです。これは仕事、趣味すべてにおいて言える事であると思っております。

 盆栽というのは、そのほとんどが時間的価値なのです。どれだけの時間を費やしてきたかがそのものの価値であり、盆栽がすぐに育つものであればその価値は少なくなる事でしょう。その上に造形的価値があるのであり、造形的価値さえも生育時間と経験時間に左右されている。
2015-06-22 ( 月 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

こえだし

 戦略、戦術は個人的にはとても重要だと思っています。艦隊にとってそれぞれの思想がキーポイントになります。しかし実際のところ、こうした戦略や戦術を頭で理解しようとしているうちは非常にぎこちない動きになるでしょう。以前、艦隊にとって重要なのは考え方(意識)の共有だと記したことがありましたが、実際に意識を共有するには多くの時間が必要なのです。

 艦隊の連携にとって「阿吽の呼吸」が理想な状態だとして、どのようにすればそれを実現できるでしょうか。最も早く獲得しようとすれば、単純に「声出し」が重要なのです。例えば、「いまから○○を狙う」「○○を抑えて」「フォローよろ」「一人こっちに来て」等、これを味方に分かるようにきちんと言葉にするのです。ほとんどの人が「そんなのは当然だ」と思うでしょうが、実はこうした意思疎通が出来ていない事が連携の妨げになるのです。特に負けが多くなったときや忙しいときには口数は少なくなります。しかし上り調子のときには口数は多いという場合。勝てば勝つほど勝てる艦隊に、負ければ負けるほど負ける艦隊になっていく事でしょう。

 声出しが必要ない状態が阿吽の呼吸。そう定義すれば、どんな艦隊よりも声出しが多かった艦隊が、最も声出しが必要なくなっていくのです。これは上手い下手に関係なく、連携を深める為に大切な事柄であり、これを疎かにすれば真に強い艦隊にはなれないのだと思います。
2015-06-17 ( 水 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

だいかいせんのこつ

 大海戦で戦功を稼ぐにはコツを知る。コツを掴むというだけの作業です。少なくとも従来から変わらない考え方があります。それは3時間という決まった時間の内、どれだけの数が戦えたか。最終的にはこの一点に尽きます。

 戦功というのは負けて減るものではありません。どんどん負けてよいのです。戦闘数という分母を増やす事が、最も重要です。3時間の内20回程の戦闘で8割の勝率であったとしても、60回の戦闘で3割の勝率であった艦隊のほうが戦功は大きい。そのように考えると戦闘という絶対数を増やす事が重要です。その論理さえ汲み取る事が出来れば、あとはどのようにして数をこなすかという点が問題となります。そしてその条件は二つ。

 第一条件。「人間は目が二つ」であるという事。そのことを意識すれば、そこに限界が見えてくる。そして目だけでなく、それを行動に移すための「マウスは一つ」なのです。つまり、仕掛けるという行為を提督だけに任せない。ここが重要なのです。艦隊全員の目で敵を確認したら、それを行動に移す。しかしながら、2番目3番目の人が追従を外すとその後全員がバラバラになりかねない。4番目5番目の人が追従を切り、仕掛けるという事が貴重な時間を有効に使う手立てとなるのです。少なくともこれで物理的には、「マウスが三つ」という事になりますよね。

 第二条件。「時間は限られている」という事。小型中型大型戦それぞれ敵と戦えるのは3回まで。味方の連携艦隊が敵の連携艦隊に仕掛ける事を考えれば6回までです。その6回をなるべく早くこなさなければならないのです。これは早く敵を倒す事が重要です。味方の提督をどれだけ守れるかという事より、敵提督をどれだけ早く落とせるかという事になる。何故なら、負けが戦功を減らすわけではなく、勝ちが戦功を増やすというルールだからです。これは通常の対人(模擬)戦とは全く異なります。だから全員が敵提督へ特攻する事が必要なのです。そして負けると分かった時点で、わざと沈むという提督の判断力も試されます。長い時間をかけて戦って、粘って負けたとしたら戦功にとっては何の意味もなさないのですから。もっと言えば、白兵戦で船員が減ってしまえば補給ロスという時間は甚大な損害になり得ます。

 このコツに応用も存在します。まず、追従を切る場合。仕掛け側の提督が敵提督の上へ交錯し、追従を切った艦隊員がその間に遠くから仕掛ける。またその逆もしかり、提督が仕掛ける場合、追従を切った艦隊員が敵提督にはじめから交錯しておくのです。そうすることで、誰が提督になるかが分からず、敵の連携を混乱させることにも繋がります。提督の上に援軍艦隊が乗せるというのは定石となりつつある技術ですが、6回の戦闘の中でだれが提督になるのか、全く分からなくなる。仕掛けるという行為をしたものが提督になるという仕様下では、これは有効な手段です。1艦隊だけでも敵提督を白兵戦で足止めさせることが出来る。そして、援軍艦隊は悠々と状況に応じて敵提督の周囲に戦力を配置できる。そういう訳です。

 次に、全員提督特攻とは言ったものの、5+5=10人いる艦隊の内、2人程は味方提督になった者の援護を行うと良いでしょう。相手にとっても提督は標的ですから、それを餌に撃沈できる機会が増えるのです。また味方提督がどうしても危うい場合はすぐに、追いかけている相手に白兵戦を仕掛けて逃げるのを手助けすることも大事な役割です。味方提督は、すぐに逃げられる位置に行かせておかなければならないという事も念頭に置いておく必要があります。

 この事を意識して戦う事が出来れば、これをしない場合と比べれば、かならず戦功は大きく増えます。同じ三時間を費やすのであれば、当然戦功が大きいほうが良い。考え方ひとつでそれを可能にするならば、戦略の重要性は否めません。
2015-06-16 ( 火 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

きらいをきらうことなかれ

 機雷について思う事、それは機雷というものが脇役に徹しすぎてはいないかという点です。機雷を撒き過ぎると必要な場面で撒けなくなってしまう。ゆえにこれを撒く場合は「必ず接触すると思われる場面でしか撒かない」という考え方、つまり効率論が趨勢を占めていると思うのです。しかし考え方ひとつでガラリと認識が代わってしまう事もある。

 機雷が有効に活用できる場面がインファイトだけだとするならば、それは否だと声を大にして言えます。よく考えてみると相手の耐久に対してダメージを与える方法は、ルールに基づく模擬にあっては砲撃と機雷だけです。そうすると殆ど砲撃のみで戦うというのは、二つある腕の内、利き腕しか使っていないという事に他ならない。機雷と砲撃という両腕を使ってはじめて攻撃の最大化を図れるのです。利き腕を封じられても戦えるという利点は攻撃の幅を増やす事で、多様な選択肢を生み出す事になる。

 そう考えると、機雷がフィールド上に一つもない状況が途轍もなく勿体なく見えてくるのです。これは従来の素朴な効率論に対するアンチテーゼにもなります。荘子のいう「人は皆、有用の用を知るも、無用の用を知るなきなり」という事に通じるような気がします。従来の考え方であれば、必ず当たると見込みのない機雷は無用であると言えるでしょう。しかし無用の用を知れば機雷の認識も変わってくる。機雷はフィールド上に常になければ勿体ないもの。そして当たるで「あろう」という見込みがあれば、確証がなくても撒く。という姿勢が重要になってきます。最初は常にフィールド上に散らばって、5個程度が常に撒いてある事を意識すればいいでしょう。

 撒き方はインファイトではなくとも、速度を乗せている状態の者も撒きます。敵艦と並行になっている状態を想像してみると速度の劣る相手方は自分のケツを取りに来る。そんなときは機雷を数個まいて退散する。もしくは敵味方が争っているその周囲に撒く。というような形で撒いていくと良いでしょう。とにかく踏んでくれる「だろう」程度の認識で撒けば良いのです。

 機雷が周辺にある状況を想像してみてください。中長距離で攻撃に転じている相手にとって、しょうもない機雷で少しずつ耐久が削られていくというときの苛立ちを。高々一個のひ弱な機雷の為に機雷除去を入れてしまえば攻撃力は減じ、機雷除去を入れなければ何もしなくとも耐久が削られるわけです。その積み重ねは最終的に甚大なものになります。それは微小なダメージを修理するという資材にとっても重大な損失です。このときの焦燥感は否めません。これは微小なプレッシャーなのです。他者に機雷の上手な使い方ではないと馬鹿にされてもいいのです。それが艦隊にとっての利点であるのですから。機雷を撒き過ぎず撒かな過ぎず、結論は中庸を守るという事なのです。こうした事を意識することが、艦隊の総合力を充実させる事であり、ひいてはその上策になり得るのです。
2015-06-15 ( 月 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

ちゃんすをふやす

 おそらく対人戦において殆どの人が気にすることは、操作量なのではないでしょうか。実際に分析ツールなどを用いてみると、その操作量は目に見えて歴然です。しかし実際に気にしなくてはならないのは、データに残らない部分なのです。操作量で言えば、回避や二連弾防御の多さを見ると一目瞭然になっているはずです。

 まだ慣れないうちはこうした操作量を出来るだけ増やす事に血眼になる。実にそうした方法は適切だといえるでしょう。しかし。操作量が多いという事は、反面少なくとも無駄が多いという事にもつながります。「ああ!貫通を入れたままにしてればよかった」「ああ回避を入れてればフォローもいらなかったのに」と思う事はしばしばないでしょうか。無駄な回避スキルの挿入、切り替え時間のせいで、攻撃というチャンスを失うという事も大いにある。同時に、切り替えを無駄な場所で行ったせいで無用のピンチを作ってしまうという場合もあります。慣れるまでは、単純に操作量を増やす。しかしそれが身に付けば、今度はそれを削ぎ落とすことが重要になります。注目すべき対象が、切り替えが多すぎず少なすぎず中庸が守られているかに視点を移すべきときが来ます。

 また切り替えが多い少ないというのは初心者においては基礎基本の修得の是非にかかっているのですが、ベテランになれば艦隊として余りにも個人に負担をかけすぎていないかという指標にも成り得ます。無駄な操作が少ないにもかかわらず、切り替え量が多いならば、それを低減させる必要がある訳です。操作量が多い事は誇れる利点でもありますが、それが故のミスの条件でもあるわけです。精神を平らにして操作を充実する事は無意識的に身に付いた頃には可能でしょうが、人間は常に不完全である可謬(間違う)の存在である事を理解していれば、危機に対処する方法が見えてくるでしょう。どんなに上手い人がいたとしても、「誰かの負担が大きすぎないか」を考える事は勝利の布石になるのです。

 艦隊は個人技も重要な要素になり得るでしょう。しかしそれは点でしかないのです。実に重要なのは総合力で、これは流れ全体に言えます。総合力の可否が艦隊の勝敗に関わっている。総合力という面を大きくせんとするならば、点を減らす事です。個人の負担、個人の貢献を減じることが大切なのです。しかし実際にはレベルが同じような艦隊の場合、最終的な勝敗に関わっているのは、ある種の点であるともいえますけれども。面で戦うことが出来れば、弱点、例えば初心者から攻めるということが出来ず、または強い人のみを潰せば勝てるという隙を与える事にはならない訳です。

 全体の流れを作り出すには自分たちの艦隊の形と流れを組み立てる事、それと精神的な支えが必要です。何度も負けていると艦隊の口数も減り、どこか険悪な雰囲気になってしまう。しかしお互いの過失を責めずに、「自分が何とかする。」というような気持ちが大切なのです。例えばフォローがなくて沈んだ場合、それはフォローが必要になる状況を作った自分が悪いのであり、敗北した場合、自分が提督をフォローできなかった、もしくは先に相手提督を落とせなかったことが問題なのです。味方が沈んだ場合は、それをフォローできなかった自分に過失があるのであり、そうした状況を作ってしまった自分に責があると考えるべきではないでしょうか。こうした積み重ねが信頼感につながり艦隊の勢いを作り出す事にもなる。どこか気持ちの面で上手くいかない場合は、こうした事を意識してみると吉でしょう。
2015-06-14 ( 日 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

中庸

 大航海時代の対人戦で留意していた点、それは苦手意識を相手に植え付けることだ。相手が初心者ならばなおさら初見では手加減せずにとことん打ち負かす。そうすれば、以後も苦手意識から必然的に流れをつかみ続けることが出来る。相手がベテランならば、敢えてその人に拘り狙い続ける。フェイントなどありとあらゆる作為を用いて、相手に嫌がらせをする。例えば白兵粘着という手段も一興だろう。相手のちょっとしたネガティブ要素が今後の勝利につながるのである。

 フェイントとは撃たないフェイント、逃げると見せかけて逃げないフェイント、右に曲がると見せかけて左に曲がるフェイントなど様々あるが、非常に効果的であったのは、精密繊細な舵切りと大胆大雑把な舵切りの組み合わせであった。小さく小さく大きくのように深く切り込む旋回は実に効果的だ。相手の動揺を生み出すには多様な行動の組み合わせが効果的なのである。舵を切りすぎ、切らなすぎ、どちらも問題であるが、繊細でなお堅実な舵切りばかりというのも大胆で大雑把な舵切りばかりというのも面白味に欠ける。こうした行動は相手に先読みされてしまうのである。相手の読みを外すには、緩急が重要なのだ。

 緩急といえば、白兵戦一辺倒、砲撃一辺倒というのも頂けない。例えば、相手のアタッカーをつぶす場合。白兵戦一辺倒に見せかけて、機を見て砲撃に切り替えるというような緩急も動揺を招く。こうした動揺は、常に相手の精神を傷つけ、次第に苦手意識を刷り込むことになる。苦手意識が刷り込まれた相手は非常に脆い。近づくだけで動揺が走れば、それだけで必敗の呈を為す。つまり、これらは全て「中庸」を守る事でもある。

 自分で自分を援護するという考え方も重要だ。つまりインファイトを当初行い、機雷戦や白兵パスなどで消耗戦。徐々に中距離に位置を移して流れを意識する事である。この利点は大きい。相手は当初インファイトをしている者の攻撃力をほとんど無視し警戒も薄くなる。その間に味方に目を移すことだろう。しかし、次第にそのスタイルを変えていくという方法を用いる事で、後半戦有利に戦えるという訳である。相手からのプレッシャーも薄い中で攻撃に転じることが出来る。しかし、そんな中でも防御策を取られて、プレッシャーを掛けられたらどうするか。それは再びインファイトと防御主体の行動に移すのである。この考え方も、守りすぎず攻めすぎず中庸という訳である。このような臨機応変の戦い方さえ出来れば、相手の焦燥は想像に易い。焦燥こそ思い通りの行動が出来る絶好の機会なのである。この考え方は、まさしく速度の管理という意味でも緩急をつける事になる。

 自分で自分を援護する事で忘れてはならないのは、白兵戦のとき周りに機雷を撒いて置くことだ。そうすることで一人機雷コンボというのが可能となるのである。ところで、自分が行っていた重要なフェイントを記述したい。それは味方にぶつかったときの行動である。味方にぶつかった場合、操作しなければ丁度ピンポン玉のように跳ねるのは御存じであろう。ぶつかってからの砲撃により非常に効果的なクリティカルを取れる場合が多々ある。通常行えない旋回を高速で行う事で、相手方の予期しない行動と攻撃が行えるのである。この方法は劣勢に陥っている場合に途轍もなく有効な手段である。あえて味方でなくても、沈んでいる敵味方を利用する方法もある。跳ね返った瞬間の砲撃はすさまじくフェイントとして効果を発揮する。相手の驚いた表情を想像するだけで嬉々とする事だろう。
2015-06-13 ( 土 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

もくてきのきょうゆう

 考え方を共有するというのは、「こういう場合にはこう曲がる。」というようなものではありません。そうした細かいやり方を追求し徹底すれば、せっかくの艦隊色というものまで失ってしまいます。なぜならば、目的と手段を混同してしまう恐れがあるからです。

 目的というのは「流れを重視しよう。」であるとか、「こういう場合には人数をかけよう。」であるとか、そうした大雑把な事を言います。目的が明確である事は、艦隊としての行動規範が明確であると片づけても良いでしょう。目的が曖昧であるにも拘らず手段にだけに目が向けられる場合、艦隊行動すらおぼつかなくなるという場合があります。

 よくある事例でいうと、新人に対して、「そっちはだめ!なんでそっちにきったの!逆に切らないと!」と熱心に吹き込む人がいるのですが、それはかえって逆効果です。こういった教え方は、「じゃあ一体どうすればいいんだよう。」とかえって困惑させてしまいます。

 実際にあった事例でいうと、草刈の仕方を知らない子供が二人いました。ある子供にはじいさんがつき、ある子供にはばあさんがつきました。じいさんは子供に必要不可欠な情報しか教えません。鎌の持ち方と振り方。そして子供の前を実際に刈っていって見せるのです。逆にばあさんは、子供の後ろについて「ああではない。こうではない。」と自分の経験上必要ない動作を事細かく教えてしまう訳です。一見、事細かに方法を教えた子供のほうが刈れるのではないか。と考えてしまいがちですが、数日も経つとおじいさんが見ていた子供のほうが早く草刈が出来ていました。

 こうした事は艦隊でも起こり得ます。つまり、ばあさんは自分のやり方を押し付けたために、ばあさん以上の仕事は出来ず、やり方が分かっていない子供は、何が間違いなのかも分からないまま、言われる通りの仕事しかできなくなっていた訳です。そして挙句の果てには、子供に対して「分からない事を質問すらしない。」と言ってしまう。しかしながら子供は、自分が何が分かっていないかも分からないままになっていたわけです。

 これは教える側に問題がある典型的な例です。自分の経験論からくる定石などを「あれはだめ、これはだめ」と吹き込むのは逆効果で、むしろ背中で語り、必要な情報だけを提供すべきなのではないでしょうか。そして、その中で重要なのは目標や目的を示しておくことで、そのための手段は各自にゆだねるという事です。目的さえ分かれば、その為の方法は各自で考えて行動できるようになり、艦隊行動が可能になります。

 艦隊に必要なのは、考え方=目的であり、動かし方=手段ではありません。手段は各自が努力していくべき事項、もしくは協力して高め合う事項です。この手段と目的を混同しないように注意しなければなりません。
2014-05-21 ( 水 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ

こていかんたい2

 固定艦隊を作る場合、上手い下手に関係なく一緒に長く続けられるかどうかを重視するほうがおすすめです。それは、どれだけ考え方や意識を共有し、信頼関係を構築できたかが艦隊の強さに繋がっているような気がするからです。とは言っても、そうした組み方をした場合、最初のうちはなかなか勝てない可能性があります。私の感覚ではむしろそのほうが多い。

 そしてこれが第一関門で、これを乗り越えられれば固定艦隊としての体裁を整えられるでしょう。やはり試練を共に乗り越えた仲間とは、強い信頼関係で結ばれるものですから。どんなに性格が合うと言っても、負け続ければどんな人でも悔しい思いをしてしまう。長きにわたって勝てないという事になれば、艦隊の雰囲気も落ち込んでしまいます。

 この関門を乗り越えるには、連携がいかに取れるようになるかにかかっているような気がします。その際の方法としては、全員提督特攻。提督が狙った相手を全員で砲撃する。など至極簡単な目標に向かって全員が一丸となって行動する事をおすすめします。人は自由であれば自由であるほど良いと思われがちですが、実はある程度の選択肢が提示されているほうが自由な選択が出来る。こうした単純な約束事をきっかけとして感覚、思考が共有できてくるようになると阿吽の呼吸が自ずと育まれていくという訳です。

 これはお互い考え方を共有する必要性にも当てはまります。お互いの思考や理念が分かっていれば、艦隊として自分がどう立ち振る舞えばよいかも分かってきます。こうした事がなおさら連携を深める事につながり、錬度を高めることが出来る訳です。所属する組織で、どういう理念や目標に向かっているかが分かれば、命令されずとも能動的に動くことが出来ますよね。私の中では、「自由に動く」というのは好き勝手にするという意味でもありますが、その裏返しとして、自分はどう行動すべきかを考えるという意味でもあると捉えています。そうでなければ固定艦隊である必要がないからです。

 艦隊には様々な形があると思いますが、勝てるようになるポイントが見つけられると一気に視界が開けてきます。それを探すというのも固定艦隊での楽しみの一つかもしれませんね。
2014-05-16 ( 金 )  はじめ語録  コメント : 0  トップ
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